昭和50年07月31日 朝の御理解
御理解 第78節
「神の機感に適うた氏子が少ない。身代と人間と達者とが揃うて三代続いたら、家柄人筋となってこれが神の機感に適うたのじゃ。神の機感に適わぬと身代もあり、力もあるが壮健にない。壮健で賢うても身代をみたす事があり、又大切の者が死んで身代を残して子孫をきらして仕舞う。神のおかげを知らぬから互い違いになって來る。信心して神の大恩を知れば、無事達者で子孫も続き身代も出来、一年勝り代勝りのおかげを受ける事が出来るぞ。」
三代続いたら、親子孫と云う様に信心が三代続く。しかも只信心が三代続くと云うのでなくて、神様の大恩を分かり、その神様の大恩に神恩報謝の真を捧げさせて頂く生活を、信心生活をさせて頂き、おかげを頂いて行く内に、それが人柄人筋となって、いよいよ子孫も続き身代も出来一年勝り代勝りのおかげを頂く事が出来ると云われるのです。本当に素晴らしい事です。一年勝り代勝りと云う事が有難いですね。しかも子どもにも孫にもそれが伝わって行く。
先日此処で一夜信心実習会が御座いました。時に講師で来られた沖と云う先生は歯医者さんです。が、お話をしておられました中に、歯の養生をすると云うか、歯を磨くと云う事でも三度三度の食事の後に必ず磨かなければいけない。しかも必ず三分間は磨かなければいけない。只こうこうやって磨いただけじゃいけない。それじゃ効果はないと。皆さんどうですか。歯を磨くと云うても只日に一回位の人が多くはないでしょうか。それでは佐程の効果はない。
食事の後にまた物を食べたら、必ず磨かなければいけない。しかも磨くと云うても三分間は磨かなければいけない。しかも歯と歯の間と云うのは到底磨く事が出来ないから、それを何とかする磨ける工夫もしなければいけない。でなければ完璧に虫歯なら虫歯の予防をする事は出来ない。だからそれを実際に実行しておる人は、もう本当に皆無と云うてよい位じゃなかろうかと話をしとられました。それをもっと完璧に云うとです、それが三代続かなければ完璧とは云えないと云う事がある。
いわゆる遺伝である。三代続かなければと云う事は遺伝が伝わると云う事である。歯の質が難しいですね。信心もやっぱりそうです。天地の大恩を判らせて貰うて、それこそ有難い、勿体ないの信心をさして貰い、私の丁度婆に当たります人が初めて御神縁を頂いて金光様の御神縁を頂く様になった。詳しい事も難しい事も分からなかったけれども、その天地の大恩と云う事を、もう繰り返し御教えに頂いた。取分け大地の御恩と云うものはまあ何と云うでしょうか。
馬鹿の一つ覚えと云う位にその大地を大事にすると云う様な生き方の信心であった。私の前の家に二階に電気が一つ、下の家に二つ、三つしかなかった。椛目の時分にそれも十燭光の小さい電気です。ですからそれにコードが長く付けて御座います。あちらの部屋を使うときには、あちらの部屋に持って行ったりこちらの部屋を使う時にはこちらに持って来たりしなきゃならんのです。それが出来る様にしてありました。それでもあの時分に椛目で電気が三つある所は少なかったです。
大概一つでした。便所とか風呂場とかは小さい豆ランプが灯してあると云うのが普通でした。或る晩に父が今の様にラジオやらテレビがないですからね、大きな講談本を買うて来て、その晩皆家族の者を集めて読んで聞かせるのです。それで今晩もさあ聞かせて貰うと云うので、婆がこちらのお縁から向こうのお縁にですね、電気を取って踏ん張っとる所へ踏ん張り損なうてから手に持っておるもんだからね、あれが支えが出来なかった。そのまま向こうの上がり框に自分のここのところへ。
(口のところ)下の歯が見えるくらいに打ち切りました。もう子供心にもう本当にびっくりしました。それで歯医者と云うたら、そういう中にですね、医者には言うな、医者には言うなとこう云う訳です。私は婆に抱かれて寝みよりましたが、もう一晩中生神金光大神様、生神金光大神様と言うて此処をこうやってつめる様にですね、割れとるところばこう、翌る日は綺麗につながっとりました。
もうそりゃ本当にその信心は詳しくは分かってないけれども、神様を信ずる事に於いては大変なものを持っておったと云う風に思います。私共が例えば転んで膝を打ち割ったとすると、もうすぐ御神米であり又は御神酒さんであり、または婆に連れられてから外に遊びに出ております。そしてそこで怪我を致しますと、もうお土を生神金光大神様、天地金乃神様と云うてそのお土を膝なら膝の上に塗って呉れよりました。
そりゃもう本当に先日からその事に就いて私は真の信心とはね、真心の道を迷わず失わず末の末まで教え伝えよと御神訓にあります様に、その末の末まで教え伝える信心とは、真心と書いてある。真心(しんじん)とは真心(まごころ)と書いてある。その真心の道、真心の道を迷わず失わず末の末まで教え伝えよ。天地の真を真で受けた姿を、私は婆の信心の姿の中に感じさせて貰います。天地が真なら、私共も真でなければ一つになる事は出来ません。交流致しません。
詳しい事は何も分かっとりませんけれども、天地そのものが神様の御神体だとして頂いておる。土もまた神様の一部である。天地の真を真の心で受け止めたのです。しかもそれを末の末までも教え伝えておるのです。昨日は私の弟の大坪大作と云いよりました。非常に頭の良い、私共兄弟は頭が悪い、良くないですけどね。三人兄弟です。でも弟は非常に頭が良かったです。もう何をさせても出来ました。
もう剣道なんかさせても、体は小さかったですけども、剣道の先生がどこまでも連れて行きよんなさいました。剣道の試合があるちゅうとそれで沢山勝った。日本タオルのあれがありましたからね、あれが戦後までこの頃まで残っとりましてね、もう布がなくなりましたのでそれを継ぎ合わせてから、浴衣を何枚も作る位に貯っとりました。そりゃ粋なものです。あの大きな字が書いてある。それを継ぎ合わせてから浴衣を作る。その弟が戦死致しましてから丁度、昨日がまる三十年に当たったんです。
ですから昨日の四時からお祭りをまあ仕えさせて頂きました。
もう本当にその、昨日の1時の御祈念にお参りになった方は御承知でありました様にです、もう本当に神様も何とかならなかっただろうかと、戦争が愈々終ると云う年のその前の月、八月十五日に終戦になっとりますから、七月三十日に戦死致しとります。だからもう十五日生きとれば無事に帰る事が出来た、生還が出来た訳です。神様も何とか出来なかったでしょうかと。
云う様な思いが致しますけれども、昨日の御理解ではないですけれども、そこまでは無情の風が時は嫌わんと云うのがそれなんです。所が信心を頂いとりましたおかげでです、それを境に私共一家の信心が一変した。変わって来た。本当な信心になって来た。もう本当に大しゃん、あんたが戦死した公報を受けた時には、家中が真っ暗になったんだけれども、そのおかげで本当の信心が出来る様になった。
信心が出来る様になったおかげで、この様なおかげが頂ける様になったと霊様に御礼が言えれる様なおかげを頂いて三十年間、そしてこの様に、たくさんの人が合楽で人が助かる様な、元を取ってくれたと云うてもよいぐらいにです、おかげを頂いた霊である。それは本当に家々だけでこの霊の式年の時には、総代それから幹部の方達には招待状を出して、これは合楽の信心の比礼の元を作って呉れたその霊だから、何時もお祭りをそうしておりましたけれどもね。
今度はもう母の告別式やら何やらでもう大変皆さんにも御迷惑をかけとるから、今日は家々だけでと云う事でしたけれども、本当にそれは、お供えと云い何と云いそれはそれはもう、わりわりする様なお祭りが出来ました。もう例えばお花なんかももうご覧なさいませ。ああ云うお花が全然期せずして集まったんです。第一です昨日の一時の御祈念の後に、有情無情の御理解を頂いたがです、成程あの告別式その翌日午後一時の御理解を休ませて頂きましたが、私はこう云う事が考えで止めたのじゃなかったです。
如何にもう本当に云うならばです三十年前弟が亡くなりました時からです。もう一分一厘間違いのない働きの中にあって、あの一時のとき御祈念のときに聞いて頂くその御理解は本当の意味での教典感話になる訳ですから、もう何時までも合楽の聖書として残る事でしょう。あの塗板に書いとります。
だから一字一句仮名使い一つでも間違ってはならないものとして、高橋さんが一生懸命ああしてとばんに書いて下さってあるでしょう。皆さんも書き写しておいでられるのは、一字一句点でも〇でもキチッと仮名使いでも、あの通りにしとかねば本当の事じゃないです。それに例えば、何年前に頂いた御理解と、昨日の御理解と合わせると、あの御理解が本当に完璧と云う程に、素晴らしい事になって來るんです。如何にも神様は無情の様にあったけれども、信心を判らせて頂くと無情ではなかった。
有情であった。神情である事が分かって来た。一人が助かると千人も万人も助かる事の為の、云うならば神様の犠牲であった。菊の花の大輪の花を咲かせる為にはです、惜しいけれどもこの一本は摘み取らなければ大きな大輪の花を咲かす事は出来ない。その為に摘み取られた様なものであった。それはむごい、酷の様であるけれども、それは神愛であった。有情であった。
云うなら神情であったと昨日の御理解に出ております。昨日のお祭りを頂いて御直会の時に末永先生が申しておりました。今度のおかげの泉に、こちらのお婆ちゃんが御祈念をなさる。先程の私の婆の事です。婆の事が出ております。云うならば天地の真を真で受けたと云う在り方の中からです、末の末まで教え伝えたと言う所の婆の御祈念を一緒に致します。婆が御祈念をする。私も一緒に御祈念をしよる。
その婆の御祈念をそのままに、どうぞ孫の私と妹と弟と三人の名前を云うて、どうぞ大坪総一郎が大坪総一郎が、どうぞあなたのお心にかなう、云うなら神の気感に適う、あなたのお役に立つ氏子にお取り立て下さいと言う事をです、三人の孫の名前を声に出し乍ら、繰り返し繰返し願っておった。私の信心を受け継がないけんよ、私の信心をせなければいけんよとは教えてはいなかったけれども、それが末の末までそれを教えを受けて行かなければならないものを、子供ながら感じておったと言う事です。
私が信心していなかった。云うならば私が小さい少年時代に善導寺の二代の親先生がまだお若い時に、今の総代の岸先生と二人でお話をしておられた。幾人ものことはいらんから、どうでんいっちょ、三井教会に本当の信者ば一人つくって下さいと云う話を、それを子供心に聞かせて頂いた時にです、身震いするごと感動したです。私はそれを聞いた時にです、その本当の信者に私がなろうと思うたんです。そしたら感動が湧いて来ておかしい位涙が流れました。
矢張り一心発起しなければ駄目です。その本当の信心を私が頂こう、本当の信者に私がなろう。そう思うたことが天地に適うたのです。天地に通うたのです。それが、言わば感動になって湧いて来たんでしょうと私は思います。ですから、婆が願っておる祈っておる。どうぞ神様のお役に立つ立派な人間にならなければです、婆に対して相済まんと云った様なものがスーッと身に染み込んでおる。見事に信心を末の末までも伝える元を取ってくれた訳で御座います。
今度のおかげの泉にその事が書いてある所が出て來るのです。その所を末永先生が読ませて頂いとりましたら、涙が流れて涙が流れて仕様のなかったと、その婆の御祈念の所を読みながら感じたと云う事を、昨日話とります。ですからね、決して難しい事ではないと云う事。私の婆がどれだけ教会に参ったか、どれだけお話を頂いたかはです、知る由も、私共とてもないです。
うろ覚えにその位覚えとる位ですから、けれども信心の一番大事な所をです、頂いて神のおかげを知らんから互い違いになって來る。信心して神の大恩を知れば、無事達者で神の大恩を知った訳です。しかもそれをです真を天地の真を、真で受けてしかもそれを末の末までも教え伝える信心を身体全体をもって、私共に伝えてくれた。身代も出来一年勝りのおかげを現在頂いておるのが合楽の姿だと私は思うです。
しかもです三代続いたのです。婆そして両親そして私そして合楽の場合は四代に続いた。五代もまた続く事でありましょう。合楽教会のある限り、愈々代勝りのおかげを受けて行くことでしょう。だから結局神の気感に適うた氏子と云う、神様あなたのお心に適う信心をさせて下さいと云う事が、矢張り願いの眼目でなからねばならん事が分かるでしょう。はあもうあっちは総代までもしちゃったばってん。
子供さん達は信心さっしゃらんと云うなら、如何にも了解った様であり出来た様であってもです。それを子にも孫にも伝えきっていないならばです。それは私はその信心を検討してみなければいけない。言わばその眼目と言う所が違っておったのではないかと思って見なければいけない。真の信心をです天地の真を真で受けると云うものがなかった。神の大恩を知っての信心ではなかった。
只おかげを知っての信心ではそれはもろいです。そういう信心ではです何代も続いても行くまい。けど続いた所でです代勝りのおかげと云う事は、無事達者で子孫も続き身代も出来と云う事にはならないのです。しかも一年勝り代勝りのおかげにも勿論ならないです。誰だって一番初めは本当に不思議なおかげを頂いた。おかげであの時助けて貰うた。そう言う所から入る訳でございましょうけれども。
愈々神の大恩神とは天地金乃神様の大恩を知り、分からせて頂いてからの信心でなからねばいけない。だから天地に対する神恩報謝の心と云うものは非常に強いものになって來る。土が御神体だと確信できる様な信心になって來る。しかも祈りの焦点と云うものが狂ってない。どうぞ息子が立身出世を致しますように、どうぞ孫達が末は大将、大臣になります様にと願いはしとらんもん。一ちょん婆は神様貴方の心に適う、あなたの役に立つ氏子にお取り立て下さいと云うて願うとります。
どうぞ分限者にならして下さいと云うて願うとらんもん。そこん所に私は合楽の信心の元を皆さんに聞いて頂いた訳ですけれどもです、そういう信心が三代続き四代続いてです、今日愈々代勝りのおかげを頂いとる事実をです、皆さんに見て貰ってそして聞いて貰って、皆さんもそういうおかげを頂いて頂きたい。成程教祖の神様はこの御理解に於て、み教えに於て一分一厘嘘を仰ってないと云う事をです、本気で一つ確認しての信心にならなければならんと思うですね。
どうぞ。